2013年11月05日

西南の役とかぞえ歌





昨日の振替休日

晴れていれば有明にテニスの全日本選手権を見に行こうと

思っていたがあいにくの雨模様

諦めて完全休養日にした

それで録画貯めてあった大河ドラマ「八重の桜」をまとめ見ることにした

場面は明治維新がなされまだ混とんとする明治初期

幕末維新と歴史得意の自分のつもりが

改めて会津、薩摩、長州、そして同志社大学創始者新島襄の時系列がわかる

蛤御門では長州が朝敵、会津・薩摩は官軍

鳥羽伏見から戊申では会津が朝敵、薩摩・長州が官軍

西南の役では薩摩が朝敵、会津・長州が官軍

大雑把にはこう

だがこの戦争に関わったのは全て日本人

日本人同志で血を流さなければならなかった時代の大きな流れ

それを「すべておいが持って行く」と言って死んでいった西郷隆盛

二度とこのような世の中にしないために教育が必要と新島襄と八重

見終わって何故か小さい子供の頃に故郷鹿児島のお袋が教えてくれたかぞえ歌

全部は覚えていなかったから調べてみた

全国に若干の歌詞が変わってあるらしい

鹿児島だけかと思っていた

一かけ二かけ三かけて 四かけ五かけて橋をかけ

橋の欄干腰を掛け はるか向こうを眺めむれば

十七、八のねえさんが 花と線香手に持って

ねえさんねえさんどこ行くの 私は九州鹿児島の

西郷隆盛娘です 明治10年3月3日(自分の記憶では10日)

切腹なされた父上様の お墓詣りに参ります

お墓の前で手を合わせ 南無阿弥陀仏と拝むれば

西郷隆盛幽霊が(自分の記憶では魂が) 

ふわりふわりと ジャンケンポン

この曲が甦ってきた

哀れ西郷隆盛

でもこのかぞえ歌が全国で歌われてたということは

日本人は彼の本当の功績と悲哀さを知っていたんだね

ふとそう思った休日でした










posted by KUBOCCHI at 10:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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